ポーラスシリコン(多孔質シリコン)について

国立大学法人 兵庫教育大学 大学院 小山研究室

 

ポーラスシリコンとは

 

 シリコンウエハーをフッ化水素酸溶液中で陽極化成すると,表面に黒色〜茶色の膜が形成されます.これは,局所的な電気化学溶解反応でシリコンウエハーが多孔質化したものであり,ポーラスシリコン(Porous Silicon)あるいは多孔質シリコンと呼ばれています.ポーラスシリコンが初めて報告されたのは1956年で,ベル研究所のUhlirがシリコンウエハーを電解研磨しているときに,膜の形成が確認されました.

 

 

ポーラスシリコンの作製

 

 

ポーラスシリコンの特徴と応用 〜1980年代以前の研究〜

 

 ポーラスシリコンは酸化されやすいので,LSIの素子間分離技術への応用が検討されました.また,基板の結晶性を保持していることから,Siあるいはそれ以外の半導体の結晶成長基板としても研究が行われました.そのほか,細孔中に金属を堆積して導電性材料として使用したり,表面積が大きいことを利用して湿式太陽電池の電極に応用することも試みられました.

 

可視発光の確認と量子サイズ効果の提唱

 

 1984年,イギリスのPickeringらは,ポーラスシリコンが可視発光を示すことを報告しました.通常の単結晶シリコンは可視発光を示しません.彼らは,ポーラスシリコン中にアモルファスの物質があり,それが可視発光の原因であると考えました.ところが,1990年にCanham量子サイズ効果の可能性を提唱し,翌年LehmannGöseleが光吸収端の短波長化を確認すると,光エレクトロニクス材料としてのポーラスシリコンの重要性が注目され,内外で活発に研究が行われるようになりました.ポーラスシリコンの中には数ナノメートルの大きさ(太さ)のシリコン微細構造が無数に存在し,それらが可視発光などの特異な性質に深く関わっているものと考えられています.

 

以上の内容の詳細については,このページの下にあります表面科学の論文をご覧ください(PDF形式でご覧になれます).

 

 

ポーラスシリコンの可視発光 – その重要性

 

 シリコンは砂利や砂の中に多く含まれている元素で,半導体材料としての価格も安く,現在集積回路等で最も広く使用されています.しかし,残念ながら,そのままでは発光素子としては使えません(非常に弱い赤外線で発光しますが,実用レベルではありません).そのため,発光ダイオードや半導体レーザーには,V―X族系の半導体材料が使われています.これらの材料は比較的高価で,その中には資源が乏しい材料や有害な材料もあります.シリコンで発光ダイオードや半導体レーザーができれば,これらの問題点が解決されるだけでなく,光電子集積による次世代ICの実現も夢ではありません.そのため,ポーラスシリコンを発光素子に応用する研究が盛んに行われています.

また,多孔質化(微細構造化)することにより発光効率が大きく増加し,しかも発光波長が赤外域から可視域に変わったということで,物性物理学の面からも高い関心がもたれています.

 

光エレクトロニクス材料としてのポーラスシリコンの特徴

 

 現在発光ダイオードに用いられているV―X族系の材料と比較すると,ポーラスシリコンは以下のような特徴を持っています.

 

(1)集積回路に一般的に用いられているシリコンが素材であるため,光電子集積に有利

違う材料を一つのチップに乗せようとすると,いろいろ困難なことがあります.ポーラスシリコンは現在のICに使われているものと同じシリコンからできますので,集積化には好都合です.

 

(2)資源が豊富で,素材そのものは本質的に無害

シリコンは酸化された状態で,砂や砂利に多く含まれています.環境にも適しています.

 

(3)作製条件を変えるだけで,発光色を広範囲で変えることができる

陽極化成中あるいは陽極化成後に光を当てると,光化学反応により発光が短波長化します.普通,ポーラスシリコンの発光色は赤〜オレンジ色が多いですが,この処理により緑や青に発光する試料もできます(ただし,そのままでは,緑や青の発光は空気中では不安定で,すぐにオレンジ色に変わってしまいます).この他,陽極化成電流密度を大きくしたり,溶液のふっ酸濃度を下げたり,あるいは電気化学的に酸化したりすることでも発光を短波長化できますが,光による方法が最も大きな波長シフトが実現できます.

 

(4)陽極化成条件(基板や電流密度など)で屈折率が大きく変わるので,高品質の多層膜ミラーや光導波路が簡単にできる

 基板比抵抗が高いほど,また陽極化成電流密度が高いほど,多孔度が高くなり,屈折率が低くなります.これを利用して,たとえば陽極化成中に電流密度を高→低→高→低→…と変えることで,誘電体多層膜ミラーやフィルターを作ることができます.

 

(5)簡単に光学異方性を持たせることができ,偏光選択性のある光学素子が作製可

 ポーラスシリコンは,微細なシリコンが複雑につながった構造をもっていますので,そのつながりに起因するミクロな異方性を持っています.このミクロな異方性を同じ向きにそろえれば,マクロな光学異方性を持つようになります.これは,当研究室で行っているように,陽極化成中に直線偏光を照射することで実現できます.また,結晶面が (110) のシリコンウエハーを使う方法もあります.このような光学異方性は,たとえば光の偏光状態を変える波長板や,偏光に依存した反射率をもつミラーなどに応用できます.

 

(6)レーザー用色素などとのナノコンポジット(複合)発光デバイスを作ることができる

 色素レーザーなどに使われているレーザー用色素は,分子同士がある程度離れた状態でないと効率的な発光を示さないという性質があります.したがって固体の色素レーザーを実現する場合には,分子同士が適度に分散し,なおかつそのデバイス内に多くの分子が存在するようにする必要があります.ポーラスシリコンはその構造ゆえに非常に大きな内部表面積を有するため,多量の色素分子を互いに分散した状態で保持する(吸着させる)ことができます.これらの吸着色素は,母体(ポーラスシリコン)からのエネルギー移動により励起可能であることも確認されています.

 

ポーラスシリコンのその他の特徴

 

(1)熱伝導率が非常に小さい

ポーラスシリコンの熱伝導率は非常に小さく,空気と同じくらいです.そのため,特に基板から剥がした膜の場合,100 mW程度のレーザーを当てるだけで500700℃まで温度が上がり,発熱によるさまざまな現象が現れます.詳しくは論文を参照してください.また,この性質を利用して,熱誘起型の超音波素子の開発も行われています.

 

(2)電子放出

ポーラスシリコンを電子放出源(フィールド・エミッタ)としたディスプレイの開発も行われています.

 

(3)雰囲気で電気抵抗や屈折率が大きく変わる

 ポーラスシリコンはその複雑な構造ゆえに表面積が非常に大きく,電気的・光学的性質が表面の状態により大きく変化します.これを利用してセンサーに応用する研究も活発に行われています.

 

ポーラスシリコンを扱うときの注意

ポーラスシリコンを湿度が高いところに置くと,自然酸化により有毒のシランガスが発生するという報告があります(L.T. Canham et al., Adv. Mater. vol.6, p.865, 1994).

 

その他のポーラス半導体

 シリコン以外にも,Ge, SiC, GaP, GaAs, InPなどが陽極化成により多孔質になると報告されています.

 

草からポーラスシリコンを作ることもできる!

 草(horsetail plant)や竹(bamboo extract),もみ殻(rice husk)からポーラスシリコン粉末を作る研究もされています.フッ酸を使わず,環境にやさしい製法です(L. Batchelor et al., Silicon vol.4, p.259, 2012; N. Liu et al., Sci. Rep. vol.3, 1919, 2013).

 

 

学校教材としてのポーラスシリコン

 今日の高度情報化社会は半導体によってもたらされたと言っても過言ではありません.素材としての半導体は,それほど重要な材料であるにもかかわらず,学校教育の現場にはまったくと言っていいほど取り入れられていないのが現状です.ほとんどの人が,半導体を一度も見ることなく一生を過ごしているのではないでしょうか.これは,半導体を使って何か部品を作るときには,一般には管理された環境で大掛かりな真空装置等を使って行わなければならないからです.

 ポーラスシリコンは,シリコンウエハをフッ化水素酸という薬品に浸し,電気を流す(陽極化成)だけでできます.簡単に作ることができ,しかも可視光で発光するという学生・生徒にとってインパクトのある現象を示すため,教材として用いる価値は十分あると考えられます.一つの大きな問題は,フッ化水素酸という有毒な薬品を用いることです.フッ化水素酸は半導体部品の製造現場ではごく普通に使用されており,またガラス工芸品のエッチング,シミ抜き剤・サビ取り剤などにも使われているものですが,学校の授業で使用するにはあまり適切であるとは言えません.その点について当研究室では改善策を検討しています.

 

当研究室での研究内容と成果 (“研究内容”のページで簡単に紹介しています)

 

(1)偏光照射法による異方性ポーラスシリコンの作製と評価

 陽極化成のときに直線偏光の光をシリコン基板表面に当てると,発光特性や屈折率に異方性をもつポーラスシリコン層を作ることができます.

 

(2)ポーラスシリコンとレーザー色素からなるナノコンポジット(複合)材料の開発

 発光の直線偏光(偏光メモリー)度を調べることにより,ポーラスシリコンから吸着色素分子へのエネルギー移動を評価することができます.

 

(3)極低濃度フッ化水素酸による可視発光性ポーラスシリコン層の作製

 通常数十%の濃度のフッ酸が使われますが,なんと0.1%でも可視発光を示すポーラスシリコン層を作ることができることがわかりました.

 

(4)その他

 電子回路を使った教材(LED光通信や計測・制御など)の研究も行っていますので,よろしかったらご覧ください.

 

 

用語解説

 

陽極化成 … シリコンウエハーを陽極(+),対向電極(白金など)を陰極(−)として電流を流し(陽極酸化),ポーラスシリコン層を形成すること.

 

半導体の量子サイズ効果 … 半導体のサイズが小さくなると,エネルギー準位が量子化され,実効的なエネルギーギャップが増大するなどの現象が現れる.ポーラスシリコンにはナノメートル・オーダーのシリコン微結晶が多数存在するため,可視発光の原因としてこの量子サイズ効果の関与が十分考えられる.シリコンのような間接遷移型半導体の場合,量子サイズ効果は発光遷移確率の増大にも寄与する.

 

ポーラスシリコンに関する解説論文および参考書

1990  1999

・小山英樹,越田信義 “多孔質シリコンの構造と可視発光” 表面科学 13, 402 (1992).

・越田信義,小山英樹 “多孔質シリコンの可視発光” 応用物理 61, 805 (1992).

討論の広場 <光るシリコンの発光機構> 応用物理 61 (12) (1992).

R.L. Smith and S.D. Collins Porous Silicon Formation MechanismsJ. Appl. Phys. 71, R1-R22 (1992).

・特集 “新しい発光材料” 表面科学 14 (2) (1993).

・小山英樹,越田信義 “多孔質シリコン” OPTRONICS No.139, 70-75 (1993)

・越田 “シリコンによる光電子集積を目指して” 電気学会論文誌A 116, 99 (1996).

A.G. Cullis, L.T. Canham, and P.D.J. Calcott The Structural and Luminescence Properties of Porous SiliconJ. Appl. Phys. 82, 909-965 (1997).

G. Amato, C. Delerue, and H.-J. von Bardeleben (ed.) Structural and Optical Properties of Porous Silicon Nanostructures Gordon and Breach (1997).

L. Canham (ed.) Properties of Porous Silicon EMIS Datareview Series no.18, IEE INSPEC (1997).

W. Theiß Optical Properties of Porous SiliconSurf. Sci. Rep. 29, 91-192 (1997).

・越田 “ポーラスシリコンの発光 間接・直接遷移の枠を超えて” 応用物理 66, 437 (1997).

P.M. Fauchet Porous Silicon: Photoluminescence and Electroluminescent Devices Semiconductors and Semimetals 49, 205-252 (1998).

D. Kovalev et al. Optical Properties of Si NanocrystalsPhys. Stat. Sol. (b) 215, 871-932 (1999).

V. Parkhutik Porous Silicon-Mechanisms of Growth and ApplicationsSolid-State Electron. 43, 1121-1141 (1999).

2000 2009

・越田 “ナノシリコンの発光と新機能” 応用物理 69, 792 (2000).

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・金光・深津(共編) “シリコンフォトニクス 先端光テクノロジーの新展開” オーム社 (2007).

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L. Khriachtchev (ed.) Silicon Nanophotonics World Scientific Pub. (2009).

N. Koshida (ed.) Device Applications of Silicon Nanocrystals and Nanostructures Springer (2009).

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2010

・越田信義 監修 “ナノシリコンの最新技術と応用展開” シーエムシー出版 (2010).

L. Pavesi, R. Turan (ed.) Silicon Nanocrystals Wiley-VCH (2010).

V. Torres-Costa and R. J. Martín-Palma Application of nanostructured porous silicon in the field of optics. A reviewJ. Mater. Sci. 45, 2823-2838 (2010).

P. Singh, S. N. Sharma, and N. M. Ravindra Applications of porous silicon thin films in solar cells and biosensorsJOM 62, 15-24 (2010).

M. J. Sailor Porous Silicon in Practice -- Preparation, Characterization and Applications Wiley-VCH (2012) (学部学生など初学者向けにポーラスシリコンの作り方,実験方法,化学的性質などについてやさしく書かれています).

A. Bardaoui, R. Chtourou, and M. Amlouk Porous Silicon Multilayers -- Synthesis and Applications Nova Science Pub. (2012) [多層膜の理論と作製法,屈折率の理論(有効媒質近似)と測定法(分光エリプソメトリー)など].

G.E. Kotkovskiy et al., The photophysics of porous silicon: technological and biomedical implicationsPhys. Chem. Chem. Phys. 14, 13890-13902 (2012) (エネルギー移動,生物医学への応用,レーザー脱離イオン化など).

L. Khriachtchev, S. Ossicini, F. Iacona, and F. Gourbilleau Silicon Nanoscale Materials: From Theoretical Simulations to Photonic ApplicationsInt. J. Photoenergy 2012, 872576 (2012) SiOxSiナノ結晶について).

A. I. Manilov and V. A. Skryshevsky Hydrogen in porous silicon A reviewMater. Sci. Eng. B 178, 942-955 (2013) (水素に着目したポーラスシリコンの形成機構,物性,および応用について).

L.A. Golovan and V.Yu. Timoshenko Nonlinear-Optical Properties of Porous Silicon NanostructuresJ. Nanoelectron. Optoelectron. 8, 223-239 (2013)  (高調波発生などの非線形光学効果について).

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F. A. Harraz Porous silicon chemical sensors and biosensors: A reviewSens. Actuators B 202, 897 (2014) (化学センサ,バイオセンサ).

L. Canham Handbook of Porous Silicon Springer (2014)

D. Losic and A. Santos Electrochemically Engineered Nanoporous Materials: Methods, Properties and Applications Springer (2015)

G. Korotcenkov Porous Silicon: From Formation to Application: Formation and Properties, Volume One CRC Press (2015)

G. Korotcenkov Porous Silicon: From Formation to Application: Biomedical and Sensor Applications, Volume Two CRC Press (2015)

G. Korotcenkov Porous Silicon: From Formation to Applications: Optoelectronics, Microelectronics, and Energy Technology Applications, Volume Three CRC Press (2016)

L. Pavesi, D.J. Lockwood(編),木村(訳) “シリコンフォトニクス” オーム社 (2017)

A. Ivanov Silicon Anodization as a Structuring Technique Springer Vieweg (2018) (シリコンの陽極酸化についてのレビューと著者らの研究成果)

N. H. Maniya Recent Advances in Porous Silicon Based Optical BiosensorsRev. Adv. Mater. Sci. 53, 49-73 (2018) (バイオセンサ)

 

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